「住まない実家を相続してはいけない」と耳にすることがありますね。空き家が社会問題化している今、いざとなったら相続放棄してしまえばよい、と考える人も少なくありません。しかし、相続放棄は周りに与える影響も大きく、相続放棄の前に検討すべきこともあります。 本記事では次に挙げる点を詳しく解説します。
- 相続放棄の基礎やメリットデメリット
- 相続放棄した建物の解体費用の負担は必要か
- 相続放棄をしても管理責任から逃れられないのか
2023年4月からは新たに「相続土地国庫帰属制度」が施行されます。これにより、住まない土地を相続したとしても、手放せる可能性があります。2023年には様々な改正法が施行され、住まない実家の相続放棄に関する法律も改正施行されます。誤った判断をしないよう、本記事で最新の法律を確認していきましょう。
住まない実家は相続してはいけない?
最近「住まない実家は相続するな」という言葉を頻繁に目にしたり聞いたりします。住まない実家を放置するのは、このご時世確かにマズイですが、相続放棄がベストとは限りません。
インターネット上には、色々な情報が溢れていますが、煽りも多く注意が必要です。「住まない実家は相続するな」ではなく、「住まない実家は実家じまいしましょう」がこのサイトの主張です。もちろん、相続しない方が良いケースもありますので、そのあたりを詳しく解説していきます。
相続放棄の意味は2つ?
「相続するな」という言葉は「相続放棄」を意味するのでしょうか。
相続放棄は本来は法的な用語です。相続人が全ての相続財産を放棄し、はじめから相続人でなかったものとする制度です。全ての相続財産とは、現金や不動産などのプラスの財産はもちろん、借金や未払いの税金等のマイナスの財産も含めたまるっと全部です。
一方で、もうひとつの相続放棄の意味は、遺産分割協議の際に「遺産の取り分は0でいいです」という相続人間での取り決めをさして使われることがあります。
私もお客様の相談を受けるなかで、たびたび「相続放棄させたい」「相続放棄している」等、耳にすることがありました。しかし詳しくお話を聞くと、法的な意味の相続放棄ではなく、相続人間の取り決めのことを指しているケースがほとんどでした。
法的な相続放棄であれば、放棄後仮に借金の返済を迫られても相続人ではないため、返済義務はありません。対して相続人間で借金は相続しない取り決めになっていても、借金の返済を迫られれば支払い義務があります。借金の債権者には相続人間の取決めだけでは対抗することはできないのです。
この様に法的な相続放棄と相続人間の取決めでは大きな違いがあります。
相続放棄とは?
相続放棄は2つの意味で使われることがあることを説明しました。弁護士や司法書士などが使うのは法的な本来の意味の相続放棄です。このサイトでも法的な意味での相続放棄について解説します。
相続放棄
人が亡くなると、その瞬間に相続は開始します。そして相続人が相続開始を知ってから、3ヶ月が経過すると、相続を単純承認したことになり、亡くなった人の全ての財産は相続人に相続されます。
この、相続開始を知ってから3ヶ月という期間内に「全ての財産を引き継ぎません」と裁判所に申し出れば「全ての財産を引き継がない」ことができます。
相続放棄とは亡くなった人の残した現金や不動産などのプラスの財産と、借金等のマイナスの遺産全てを放棄することで本来相続人である人を、初めから相続人でなかったことにする制度です。
相続放棄は3ヶ月以内に
相続放棄は相続開始を知った時から、3ヶ月以内に家庭裁判所で申述を行う必要があります。相続放棄は相続人全員で行う必要はなく、単独で放棄をすることが可能です。
相続放棄すべきパターン
相続放棄を検討すべきパターンは以下になります。
1.マイナスの遺産(借金等)がプラスの遺産(現金・預貯金・不動産など)を上回る場合
多額の借金を遺して被相続人がなくなり、プラスの遺産だけでは弁済ができない様な場合や古い実家の敷地の評価額が低く、建物解体費用が土地評価額より高額な場合
2.相続争いに巻き込まれたくない場合
遺産を全て放棄してでも遺産分割協議にかかわりたくない場合
実家を相続放棄する?
住まない実家は相続放棄した方がよいのでしょうか。借金などのマイナスの財産がなく、実家の管理や税金負担のため放棄を検討しているなら、実家が売れれば問題はないわけです。どうせ売れないと諦めず、不動産会社からの査定をもらいましょう。相続放棄には手数料がかかりますが、売れれば逆に現金が入ってきます。
一方で借金等があるため放棄を検討するのなら、マイナスの遺産をカバーできるプラスの遺産があるか否かが問題です。しかし、相続放棄は3ヶ月という期限があるため、遺産の洗い出し、負債の調査を急いで行わなくてはなりません。実家は買取業者に訪問査定を依頼すると、確定値で金額が出ます。不動産の査定金額や、調査の結果を見てから、相続放棄を検討するのが後悔しない方法になるでしょう。
相続放棄が認められない?法定単純承認とは
いざ相続放棄をしようとしても、認められないケースがあります。相続人でないとできないような行為をした場合に「単純承認」したとみなされ、相続放棄ができなくなります。よかれと思ってやった行為で相続放棄が認められなくなることがありますので、充分に注意をしましょう。
遺産を自分のために使いこんだり、隠すような行為をすれば相続放棄は認められません。他にも以下の様な行為をすると、相続放棄が認められなくなります。
- 相続財産の中から亡くなった人の借金を弁済する
- 敷金を受領する
- 遺産の家屋を解体する
- 不用品の売却
- 過度の形見分け
このように意図せず相続放棄ができなくなる可能性もあり、何をしたらNGなのかの判断は難しいものです。相続放棄を検討する場合は、弁護士、司法書士などの専門家にアドバイスをもらうようにしましょう。
相続放棄を相続人全員がした場合
もしも相続人全員が相続放棄をした場合、実家はどうなるのでしょうか。
最終的には相続放棄した実家は国庫に戻されることになりますが、いきなり国庫にいくわけではありません。
亡くなった人が借金をしていた場合などは、債権者は相続財産から借金の返済をしてもらいますがその際に相続人がいなければ困ります。そのような場合には相続財産管理人の選任を裁判所で行います。
相続放棄をした人も相続財産管理人の選任の申立が可能です。
相続人がいなくなるとどうなる?
- 相続人全員が相続放棄した場合は利害関係人の申立により家庭裁判所が「相続財産管理人」を選任する
- 予納金として20~100万の費用がかかる
- 相続財産管理人は実家を管理し、売却等を行う
- 最終的に処分ができない場合は国に戻す
相続放棄と実家の管理責任
相続放棄をすれば、実家の管理責任はなくなるのでしょうか。
結論として、次順位の相続人が確定し、その人が実家の管理を開始できるまでは、実家の管理責任を負うものとされていました。しかし、民法改正により2023年4月1日からはルールが変更されます。
【新ルール】相続放棄をしたら管理責任は無くなる?
2023年4月1日から相続放棄をした人の管理のルールについて変わります。相続放棄した場合の管理責任については、民法940条に規定されています。新旧の民法940条を確認しましょう。
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意を持って、その財産の管理を継続しなければならない。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または第九百五二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
占有していなければ、管理責任から逃れられる
新しい民法第940条1項を要約すると、相続放棄をした時点でその相続財産を占有している場合は、次の相続人(全員放棄した場合は相続財産の清算人)にその財産を引き渡すまでは自分の財産と同じように注意して保存しなければならない、ということです。
つまり、相続放棄の時点で実家を占有していない相続放棄者は、実家の保存責任はなしということです。「相続放棄しても責任は逃れられない」と言われてきましたが、今までその不動産に関与していなかった人に、ただ相続人だというだけで責任を負わせるのは、酷ですからね。
相続放棄をしても実家の保存責任を負うケース
もし、亡くなった親と実家に同居してた人が相続放棄をすると、どうなるでしょう。結論としては、他に放棄をしていない相続人がいる場合には、その相続人が保存責任を負います。
もし他に相続人がいない場合は、相続財産の清算人(弁護士)に実家を引き渡すまでは、相続放棄者が保存責任を負うことになります。
相続財産清算人の手続きのネックは
相続放棄の時点で実家を占有していた相続放棄者が、保存責任を免れるためには、相続財産精算人が選任され、不動産を引き渡すことが必要です。しかし相続財産清算人の選任にはネックがあります。それは予納金です。
選任の申立て時には、予納金として20~100万円を納付しなくてはなりません。このように、相続放棄をしてもなお、管理(保存)責任が一定時期まで続くこと、責任を免れるには、多額な費用がかかる点には注意をしましょう。
相続放棄した実家の解体費用負担はある?
実家が自治体により特定空き家に指定された後、建物倒壊の危機などが迫ると最終的に自治体が建物解体を代執行、つまり自治体により解体されるという状況もあり得ます。その際の解体費用は負担すべきなのでしょうか。
結論、相続放棄時点で実家を占有していた放棄者だとしても、法的には支払い義務はないと解されます。なぜなら、相続放棄者が負う保存責任は、他の相続人や相続財産の清算人に対する責任と考えられており、第三者に対してまで責任を負うものではないと考えられるからです。
【相続放棄】するメリット
ここからは、相続放棄をするメリットについて解説します。
放棄の時点で実家を占有をしていなければ保存責任を負わない
前述したとおり2023年4月1日からは相続放棄をした時点で実家を占有していなければ、相続放棄者としての保存責任はありません。
借金等の返済義務がなくなる
相続放棄をすれば、全ての遺産を放棄することになるため借金の返済義務はなくなります。相続放棄が受理され確定する前に、借金の催促に応じ相続財産から支払いをしてしまうと相続放棄が認められなくなりますので、注意しましょう。
なお、最初に解説したもう1つの相続放棄(遺産分割での取分の取り決め)の場合は、いくら借金は相続してはいけないと言っても、債権者には主張できません。借金を相続したくない場合は、法的な意味での相続放棄をしなくてはなりません。
【実家を相続放棄】デメリット
実家だけ放棄はできない
相続放棄は、亡くなった人の相続財産の全てを放棄することです。「実家は放棄するけど、現金だけ相続する」ということはできません。
相続放棄は撤回できない
相続放棄の申述をして、受理をされると撤回はできなくなります。後から隠れた遺産が見つかっても、気が変わっても撤回はできないので、慎重な検討が必要です。
本来相続人でなかった人が相続人になることがある
相続放棄をすると、初めから相続人でなかったことになります。その結果、本来相続人ではなかった人が相続人になるケースがあります。
例えば、夫が亡くなり相続人である妻と子が相続放棄をすると、本来相続人ではなかった夫の両親が相続人になります。もし借金などがあると、夫の両親が借金を背負うことになります。
親族間でのトラブル防止のためにも、相続放棄を行うのであれば事前に弁護士や司法書士に相談をすることをおすすめします。
実家に占有していると一定期間は保存責任を負う
他に相続人がいない場合で、親の生前から実家に同居していた場合など、相続放棄の時点で実家を占有していれば、相続財産清算人に実家を引き渡すまでは保存責任を負うことになります。
買取が可能なら管理責任の不安もなくなる
実家の固定資産税の負担や、管理の負担だけが原因で相続放棄を考えている場合、負担が発生する前に売れてしまえば問題はないわけです。
一般仲介で売却活動を行うと、いつ買主があらわれるのかは不確定ですが、買取業者へ売却できるのなら、早くて2週間程度で引渡しが可能です。
買取の査定も時間はそれほどかかりませんので、まずはダメもとでも買取の査定をする価値はあるでしょう。
不動産だけ放棄できる?相続土地国庫帰属制度が登場
相続放棄では不動産のみの放棄はできないと説明しました。しかし今後、土地のみを放棄できる制度が誕生します。2023年4月27日より始まる相続土地国庫帰属制度です。
相続土地国庫帰属制度とは何か
相続土地国庫帰属制度は、相続によって取得した土地のうち、一定の要件を満たした土地は国に引き取ってもらえる制度です。宅地に限らず、山林や農地でも要件を満たせば利用できます。引き取り手が国なので、安心感がありますね。
ただし、どんな土地でもむやみに引き取ると、管理の問題、管理費の問題がでてくるため、要件はかなり厳しくなっています。また、制度名からわかるように、建物に関しては対象外です。建物がある場合は解体が必要な点に注意しましょう。
相続土地国庫帰属制度の要件
申請できる人
- 相続によって土地を相続した人〇・売買によって取得した人✕
- 相続によって数人で共有している場合は全員で申請すれば〇
申請しても却下される土地
- 建物がある土地
- 抵当権や賃借権が設定されている土地
- 他人が利用する道路、墓地などの土地
- 土壌汚染されている土地
- 境界や所有権で争っている土地
ケースごとに審査される土地
- 崖地
- 置物(車や物置など)がある土地
- 地下に何か埋まっている土地
- 公道までの通路がない袋地
- 争訟をしなければ使えない土地
- 災害や獣害のおそれのある土地
費用
相続土地国庫帰属制度は法務局が土地を審査し、承認後に負担金を払うことで所有権が国に移ります。審査には手数料はかかりますが、詳細は未発表です。
承認後に払う負担金は10年分の土地管理費用にかかる額相当になります。
負担金の原則は20万円ですが例外が多いため詳しくは法務省 相続土地国庫帰属制度の負担金をご覧ください。エクセルの自動計算シートも用意されています。
相続放棄と国庫帰属制度の比較
相続土地国庫帰属制度 | 相続放棄 | |
---|---|---|
期限 | 特になし | 相続開始を知ってから3ヶ月 |
利用の要件 | 制度の要件に適合した土地 更地 | 特になし |
費用 | 審査手数料 負担金20万円~ 専門家報酬別途 | 印紙代・郵送費・戸籍等取得費用で3,000円~5,000円 専門家報酬3万円~ |
専門家 | 司法書士 弁護士 | 司法書士 弁護士 |
申請先 | 法務局 | 家庭裁判所 |
相続放棄では不動産のみ放棄することはできませんが、相続土地国庫帰属制度では土地のみの放棄(国の引取り)が可能です。
他に借金などがなく、ただ実家の負担が原因で実家を手放したいのであれば、一番最初にすべきは「売却・買取」が可能なのかを知ることです。特に買取は手放すまでに時間がそれほどかかません。もし、買取不可となってしまったら相続放棄を検討しても3ヶ月の期限には間に合うでしょう。
まとめ
相続放棄は、受理をされれば撤回はできない制度のため、メリットデメリットを確認し慎重に検討をすることが重要です。
また相続放棄をしても、一定の保存責任が発生する場合があることは念頭においておきましょう。
住まない実家を相続する予定がある人は、新たに誕生する相続土地国庫帰属制度や不動産買取と比較しながら、早めに検討をはじめましょう。「住まない実家を相続するのは面倒だ」という人は、責任問題や負担がなくなる売却を一度は検討してみてください。